目的地だけ決め、ただ行って帰ってくる。
余計な観光はしない。高校生だから金が無い。そもそも日帰りだから時間が無い。
僕らは何も持っていなかったが、体力だけは無尽蔵にあった。
いつも帰る頃には大腿四頭筋がパンパンになり、尻の激痛に苦しんだ。
しかし、仲間たちとバカな話をしながら自転車を漕いでいるだけで楽しかった。
“どうでしょう”の天才たちが教えてくれた感覚。
旅に明確な目的や理由は必要ない。
道すがら起こるドラマが脳裏に焼き付き、自分自身を形成していく。
学生時代のくだらない暇つぶしが、今の自分を形作る原体験の一つとなった。

<高校2年生の僕(右)と幼馴染(左)>
『専門学校時代』
2017年。
退屈に苦しんだ。
片田舎に生まれ、世の中のことをよく知らなかった僕は、「出遅れることなく就職し、安定した生活をしなければならない」という固定観念から、公務員を目指して専門学校に進学した。
一方で、高校時代に一緒に旅をしていた幼馴染たちは、海外に留学したり、上京して有名大学に進学するなど日々視野を広げていた。
彼らは僕が経験できていない、楽しそうな話をたくさん聞かせてくれた。
当然、感化される。
羨ましくなってくる。
もっと広い世界が見たいと思ってしまった。
ふと、みんなで過ごした時間を思い出す。

<釣りをした時の写真>
「あの頃は飽きもせず、日が暮れるまで自転車を漕いだっけな。」
いつの間にかみんなバラバラになった。
1人になったせいなのか、まだ見ぬ景色を求めて旅に出ることもなくなっていた。
「退屈だ。金を稼ぐようになれば、この退屈から抜け出せるのだろうか」
自分に嘘をついているような違和感が消えない。
すぐに本当にやりたいことに気付く。
「また旅に出たい。どこまでも自由に渡り歩く、そんな旅人になりたい。」と。
しかし、現実は甘くない。
あの頃の僕にとって"旅人"とは概念のようなものだった。
海外で旅をしながら仕事をする方法を模索してみたが、挑戦する価値がありそうな答えを見つけることは結局できなかった。
それに加え、必死に働き、女手一つで僕を育ててくれた母親を安心させてあげたいという気持ちも強かった。

<海で遊ぶ>
悩み抜いた結果、遂に夢を諦めた。
そして、警察官になる道を選ぶ。
この仕事を選んだ理由はただ一つ。
「広い世界が見れないのなら、せめて普通に生きているだけでは絶対にできない経験をしてやろう」と決めたからだった。
『新人時代』
2018〜2022年。
想像通り、ハードな仕事だった。
現場に出れば、ベテランも新人も関係ない。次から次へと様々な事案が舞い込んで来る。
基本的な仕事の覚え方は「習うより、慣れる。」
組織は絵に描いたようなゴリゴリの縦社会。
新人に許された返事は「Yes」か「はい」のみ。警察官としての立ち回り方を叩き込まれた。

<警察学校に入校する前、いい感じの短髪にしてもらった。入校した直後、
「かっこつけてんじゃねえ」と教官に怒鳴られ、すぐに角刈りにされた。>
当時は、世の中がまだハラスメントに敏感になるギリギリ前の時代だったこともあり、とんでもなく怖い上司や先輩がたくさん生息し、120%で活動していた。
どんな小さな失敗でも、MAXで怒られるのが基本で、業務の悩みよりも人間関係で苦労することが多かった。
何度も辞めたいと思ったが、持ち前の根性で耐え抜いた。
耐え抜くほどに鍛えられ、「鋼のメンタル」が完成した。
数々の悩みは時間が解決してくれた。
仕事もそれなりに上手くこなせるようになり、プライベートも充実し始める。やっと楽しいと思えるようになってきた。
勢いで駆け抜けた4年間。
完全に夢を忘れ去っていた。

<コスプレ感>
『裸足のような靴』
2023年。
走ることが欠かせない習慣になっていた。
走ると気分が良い。
体力がつくと、自分の足だけでより遠くまで行くことができる。
生活全体のパフォーマンスも向上した。
仕事で疲れていても、できるだけ走る時間を作るようにした。
続けたことで、日に日に走るスピードも距離も延び、調子は上がり基調だった。
いつものように当直勤務を終え、睡眠をとる。
走り始めたその矢先。
足の裏に強い痛みが走り、思うように走れない状態になった。
「足底筋膜炎」を発症してしまったのだ。
症状はとても厄介だった。
痛みが引いては復活するという繰り返しで、とうとう走ることができなくなってしまった。
医療機関や整体に頼り、休息とセルフケアを試みるも、完全に治ることはなかった。
「このまま走れなくなったら最悪だ。」
絶望しかけていた、まさにその時。
YouTubeを見ていると、"ベアフットシューズ"なる人間の足の形をした靴で、山を軽快に歩く人達の動画が流れて来た。
「機能性が備わった靴に慣れた現代人の足を、裸足に近い状態にすることで人間本来の身体機能を取り戻す。」
その考え方は、これまでソールが厚い靴を履いていた自分の常識を覆した。
この不思議な靴を履きこなし、自然の中を自由に旅する人達こそが「moonlight gear」であり、その裸足のような靴こそが「Vivobarefoot」だった。
「怪我を治すために必要なのは、根本的な身体の使い方なのかもしれない。」
Vivoを知ったことで、そんな考えが頭から離れなくなった。
僕はVivoを履いてみることにした。
まずは焦らずに歩くことから再スタートした。
アウトソールが薄くて柔らかいことによる、足裏感覚に驚いた。
普通に歩くと足の裏が痛い。
歩き方が乱れていることに気付いた。
一歩一歩、自分の足裏がどんな風に接地しているのか。体重はどこに乗り、身体はどう連動しているのか。
今まで考えたこともなかった感覚に、少しずつ意識が向くようになった。
Vivoが大切にしている「TOE-GA」も根気強く続けた。
アーチが少しづつ機能し始め、以前より指が自然に開くようになった。
自分の体に向き合い続けるうちに、身体の使い方が少しずつ変わっていくのを実感し、歩くこと自体が楽しくなった。
そして、ようやくランニングに移行することができた。驚くことに、以前のような痛みはもうなくなっていた。
再びランナーに戻り、自由に走れるようになった経験は本当に最高の出来事だった。
『あの場所に帰ろう』
2024年。
Vivoを履くようになり、いつの間にか行動範囲が広がっていた。
トレイルランニングや山歩きの心地よさを知ったことで、自然の中にいる時間が長くなった。

<箱根外輪山でトレラン。必死に喰らいつく、河野親ビン>
大地を踏みしめる感覚、景色の変化。
朝から晩まで夢中になって移動する。
その過程そのものを楽しむ感覚は、どこか懐かしかった。
「やっぱり旅は良い。」
忘れていた感情が、少しずつ蘇ってきた。

<初の北アルプス、高天原温泉で川に飛び込み昇天>
やがて僕は、必要最低限の厳選した装備だけを持って旅をする「UL(ウルトラライト)カルチャー」に惹かれていく。
身軽になることで、「より遠くへ、より自由に」歩けるという考え方だった。
ULの世界にどっぷりと浸かるうちに、このカルチャーの源流が、何百キロ、何千キロという道を何ヶ月もかけて歩き続ける「ロングディスタンスハイキング」にあることを知った。
歩いてみたい。
昔諦めた夢と、目の前に広がった新しい夢が、リアルな現実となり繋がる。
僕が本当に好きなことは、今も昔も変わっていなかったのだった。

<実家まで歩いて帰ろうの旅(高尾〜新潟県燕市)
学生時代、みんなで入り浸っていた公園をゴールにした。>
『今やるべきことを』
2025年。
7年間勤めた警察を退職した。
感謝されることは少なかったが、人の生き死にや、人生の分岐点にかかわる現場を数え切れないほど経験した。
普通に生きていたら絶対に身に付くことのない倫理観が養われ、強靭な忍耐力が備わった。
替えの利かない大切な時間だ。
靴一足で人生が変わることもある。
この感動をもっと多くの人に伝えたい。
そして、一度しかない人生だからこそ、悔いがないように挑戦しなければならない。
これまでの経験があるからこそ、あの時踏み出すことができなかった覚悟を持てる。
準備は整った。
今日までの時間と、出会った全ての人に感謝した。
『エピローグ │ 国境線上に立つ男』
2026年3月19日。
アリゾナ州最南端、アメリカとメキシコの国境線上。
そこに立っている男の持ち物はやけに少なかった。
目立った物と言えば、衣・食・住が詰め込まれた38Lのバックパックと小さなウエストポーチのみ。
そして皮肉なことに、少ないのは持ち物だけに限った話ではない。
「積み上げたキャリア」「安定した収入」「社会的信用」
ほとんどすべてを手放した。
文字通り、0からのスタートだ。
それでも自分の中に残ったもの。
「無尽蔵の体力」と「鋼のメンタル」
結局のところ、夢中になって自転車を漕いでいた11年前となにも変わっていないのかもしれない。
だが、それでいい。
なぜなら過去最高に自由で、今を生きているからだ。
「そろそろ行くか。」
履いている靴のソールは異常に薄い。
足裏の神経から大地の熱さえも感じる。
もはやこの靴は、僕の体の一部だ。
夢を見始めてから起こった数々の出来事。伏線を回収するように僕は歩き始めたのだった。

<後々苦労することになる、『PRIMUS LITE ロングトレイルチャレンジ』>
writer:Takumi Tsuchida ( @vivobarefoot.tokyo )