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無の会に辿り着いた人々 後編

無の会に辿り着いた人々 後編


 

無の会に辿り着いた人々 後編

 

インタビュー/無の会メンバー

 

福島・会津にある農園「無の会」。
ここには、さまざまな背景を持つ人たちが、それぞれの理由と覚悟を抱えて集まっています。

同じ場所で暮らしていても、歩んできた道のりは人それぞれ。
ここに辿り着いた理由も、この場所で担う役割も、ひとつではありません。

後編では、無の会で暮らす人たちの物語を、引き続きご紹介します。

 



 

鳥かごの中で飼われているような都会生活を離れて

上野拓也

 

僕はここに来る前、都内のIT企業で3年半働いていました。 
でも、自分で主体的に生きているというより、鳥かごの中で飼われているみたいな感じがして。

漠然とした不安と不満があって、心身の調子を崩してしまったです。これはまずいなと思って、1ヶ月くらい休職した。

ちょっと今の環境から離れた方がいいなと思ったときに、中高の同級生だった宇野くんを頼って1週間無の会へ来たです。 

社会人1年目ぐらいの時にも一度来たことがあったですけど、その時には「すごく素敵なところだな」くらいの印象で終わっていたのが、その時は自分がすごく弱っていて、何かを求めていたこともあり、「ここだな」という感じがして。

東京に帰って1週間ぐらい考えた後、退職して会津に移住し、就農しようと決めました。 

無の会では農作業に加えて、経理やタスクマネジメントといった裏方のこともやっています。 

 

 


自分の無力さに気付いた時、もっと逞しく生きたいと思った

佐藤菜衣

私は無の会に来る前、札幌で10年以上会社員として働いていました。

児童館の職員をしたり、印刷会社でデザインの仕事をしたり、高級寿司店でアルバイトをしたり。いろいろな仕事を経験してきました。

そんな中で、叔母が札幌で自然食のカフェを開き、私もお店を手伝うようになりました。
カフェでは自然栽培の食材を使った料理を出していて、お米や調味料は無の会から仕入れていました。もともと2011年の震災のあと、叔母が児島先生と知り合い、無の会のお米を食べるようになったことがきっかけです。

カフェは3年半ほど続きましたが、コロナ直前に閉店することになりました。

その後は事務職として働いていたんですが、ずっと心のどこかに引っかかるものがありました。
このまま会社勤めを続けていいのかな、と。
真面目に働いて生活することはできるけれど、世の中が大きく変化していく中で、何か起きたときに自分は無力なんじゃないか、と感じることもありました。

もっと逞しく生きたい。そう思うようになったんです。

会津には以前から何度か遊びに来ていて、少しずつこの場所との距離が近くなっていきました。そして2025年の5月、無の会に移住しました。

今は野菜の栽培を担当しています。
ただ、野菜づくりの経験はほとんどありませんでした。失敗して膝をついて、また立ち上がって。そんなことを繰り返しながら、毎日少しずつ覚えています。

現在、野菜畑は約4ヘクタール。半分以上は小麦や大豆などの穀物ですが、少量ながら30品目以上の野菜も栽培しています。

無の会ではお米のノウハウはありますが、野菜に関してはまだ模索の途中です。会津の有機農家の方に教わったり、地域のおじいちゃんたちから苗づくりを教えてもらったりしながら、少しずつ技術を積み上げています。

お米は機械を使う作業が多いですが、野菜はほとんどが手作業です。
コツコツ作業を続けながら、野菜畑を育てています。

今後は、野菜づくりを一緒に体験してくれる人も募集しています。短期でも長期でも、興味のある方が来てくれたら嬉しいですね。


 

児島先生に、いきなり説教された

齋藤政孝


僕はもともと新潟県出身ですが、
埼玉の専門学校を卒業した後、20年近く関東で自動車整備の仕事をしていました。 

その間、悩んだり病んだりして、「このままでいいのかな」という思いがあった。そんな中、兄の奥さんの実家が新潟で米農家をやっていまして、兄が「将来的に一緒に田んぼをやらないか」と。それで、農業をやってみようかな、と思い始めました。

2024年の8月に退職をし、都内でカウンセリングのようなものを受けていたところ、そこで宇野くんと無の会のことを紹介され、9月末に初めてここに来ました。 

その時、いきなり児島先生に説教されましたね。(笑)

というのも、「農家をやるのは大変なだよ」っていうことを最初に示してくれただと思います。今となってはむしろ、それがありがたかったと思っています。 

実際にいろいろな農家さんを回ってみても、結局その人たちの技術だったり考え方の部分はなかなか教えてもらえなくて、ただ単に作業員として見られることが多かった。

そして今の日本では放置されている農地がどんどん増えている現状の中、やっぱり農家になっていかなきゃいけない、とだんだん覚悟が決まりまして。

しっかりと指導してくれている児島さんのところで学んでいきたいなと思って。それで2025年の4月1日から、2年間研修という形で来ることになりました。

2年間学んだあとは地元の新発田(しばた)市に帰って、無の会のみんなの考え方とか、そういったものをコミュニティとして作って広げていけたらなと思ってやっています。 

 

 

フードチェーンのもっと上流、生産の現場に足を踏み入れたい

林田太一

 

僕は今、京都大学農学部を休学中です。たけおさん(大島武生)のサークルの後輩でもあります。 

農学部では、食べ物のミクロな構造や、体の中でそれがどう作用するのか、といったことを研究していました。それはそれでとても面白かったです。

でも、消費者が手にする「食品」の部分だけを見ていても完結しないのではないか、と思うようになりました。フードチェーンのもっと上流、生産のところまで知りたいと感じたです。 

卒業後のことを考えたとき、このまま進学して研究を続ける道もありました。ただ、今の自分はそれを心からやりたいとは思えなかった。勉強そのものは楽しかったし、分からないことを突き詰めていく研究も、きっと後からでもできる。

でも、「いま何をしたいか」と考えたときに、大学生活の中で何度か関わった農業の現場で感じた楽しさを思い出しました。 

もっと、生産の現場に足を踏み入れてみたい。 

実は、農学部で実際に農業の道に進む人は少数派です。多くは研究職や農林水産省などに進みます。

僕自身も、もともとはフードチェーンの下流、つまり消費者が手にする食品の側から興味を持ちました。でも、上流である生産のことに触れずに暮らしていくことはできないと感じ、農業の世界に飛び込むことを選びました。 

 


 

土を育て、人を育て、未来の食をつくる

無の会の農業は、まだ決まった完成形を持っているわけではありません。

お米の栽培、野菜づくり、新しい田んぼの開拓。
試行錯誤を重ねながら、少しずつ次の農の形をつくり続けています。

目指しているのは、
新しい農業のかたちを生み出すこと。
年を追うごとに土を豊かにし、未来の食を支える人を育てていくこと。
そして、自然の摂理に根ざしながら、地域の中で資源が巡る仕組みを築いていくこと。

入り口も、経験も、年齢も違う人たちが、同じ土の上で働き、暮らしている。
その日々の積み重ねが、これからの農業と暮らしの可能性を力強く形づくっていきます。

 

writer:Kyeonghwa HO





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福島・会津にある農園「無の会」。 
ここには、さまざまな背景を持つ人たちが、それぞれの理由と覚悟を抱えて集まっています。
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迷い、病、違和感、直感——さまざまな入り口から、この場所に辿り着きました。 それぞれの物語をご紹介します。

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