犬と人の真の共生を目指して
インタビュー/メロードッグレスキュー代表 美織さん
埼玉県越谷市で犬の保護団体『メロードッグレスキュー(Mellow Dog Rescue)』を運営する美織(みおり)さん。同団体では、単なる命の救済を超えて、犬たちが犬らしく幸せに暮らせる環境づくりにこだわり、保護犬のいない未来を目指して独自の保護活動を展開しています。
活動のルーツはアメリカでの体験
美織さんが犬の保護活動に携わるようになったきっかけは、アメリカ留学時代。犬を引き取りたいと言うルームメイトと一緒にアメリカの保護犬シェルターを訪れました。
そのシェルターは、犬たちが自由に駆け回れる広場があり、里親希望者も予約なしで訪問できたり、ボランティアと一緒に犬を散歩に連れ出したりできる、地域に開かれた施設でした。日本のペットショップや一般家庭での飼育環境との違いに衝撃を受けたそうです。
当時は、演劇やミュージカルの裏方を学ぶため渡米していた美織さんでしたが、現地での保護犬ボランティア活動が、その後の彼女のキャリアを大きく変える転機となります。
メロードッグレスキューの特徴 - 動物福祉の実践
メロードッグレスキューの特徴は、「動物福祉(アニマルウェルフェア)」の考えに基づいた活動スタイルです。美織さんは「動物愛護」と「動物福祉」の違いをこう説明します。
「動物愛護は人間の方が愛護の気持ちを持とうね、という立場。動物をかわいがる、優しくするなど人間側の精神や行動のあり方を言います。一方、動物福祉はもっと科学的で、専門的な知見から、動物のニーズやQOL(生活の質)を総合的に高めていこうよ、という世界基準なんです。」
アメリカのシェルターをモデルに、 メロードッグレスキューにも広い芝生のドッグランがあります。さらに犬たちをパックウォーク(群れでの散歩)へ連れ出すなど、犬が犬らしく過ごせる環境を整えています。
また保護頭数に上限を設けているのも同団体の特筆すべき点です。
「昨今の保護活動では『◯◯頭、保護しました!』とか『◯◯頭、譲渡しました!』とか、レスキューの瞬間や数字だけが称賛される風潮があります。しかし、私たちが目指すのは『犬たちのQOLを守る譲渡』。自分たちがケアできる頭数だけ、と決めています。」
美織さんはその理由について、こう続けます。
「成犬はしつけができないとか、人に懐かなさそうとか、保護犬に対する世間のイメージや誤解はまだ根強くあります。どんな犬でも、それぞれの犬のペースに合わせて必要なケアやトレーニングを行えば、人と一緒に暮らせるようになれる子がほとんどです。頭数が多すぎると一頭一頭に注げる時間や愛情が分散されてしまい、譲渡実現までに必要なケアが行き届きません。」
保護犬は譲渡先が決まらなければ、ずっと保護犬のまま。保護することが目的ではなく、譲渡までつなげることが同団体の目的です。
「私たちは、犬目線で犬の幸せを考えてくれる里親さんに『この団体から犬を引き取りたい』と選んでもらえるような、そんな保護団体を目指しています。」
殺処分ゼロの陰で直面する課題
保護活動の現場では、殺処分ゼロを目指す中で新たな問題も発生しています。
「殺処分を減らすことは重要ですが、それだけを目標にすると、別の問題が生まれてきます。生きていさえすればいいのか、檻に閉じ込めてご飯だけあげていれば良いのか。実際、殺処分ゼロを掲げる施設では、収容能力を超えた犬たちが詰め込まれ、劣悪な飼育環境下で犬同士の喧嘩や咬傷事故が起きている現実もあります。」
また、善意から始まる保護活動が予期せぬ問題を引き起こすケースもあると指摘します。
「保護活動者がアニマルホーダー(動物収集癖)になってしまうこともあります。殺処分を回避したいという思いから、無理をして引き取ってしまう。たとえ殺処分を免れても、犬たちは別の形で苦しむことになります。」
メロードッグレスキューの主な保護対象は、動物愛護センターで一時保護されている捕獲された野犬たち。しかし最近では、アニマルホーダーや多頭飼育崩壊が起きている他の保護団体から引き取るケースも増えてきていると言います。
必ずしも犬たちの命を永らえることだけが正解ではないという難しい現実に、美織さんは日々向き合っています。
シンプルな暮らしの中の豊かさ
犬たちの命と福祉のために日夜奮闘している美織さんは、活動を通じて「物との関係性」も大きく変化したと言います。
「保護活動をするようになってから、自分よりも犬たちにお金を使うようになりました。自分のものがあまり必要じゃなくなって、それはセルフネグレクトとかではなくて、その方がシンプルで気持ち良いと思うようになったからです。」
今でこそ、少ないものでシンプルに暮らす美織さんも、かつてはものが捨てられない性格だったとか。
「もともとアート専攻ですし、ファッションも大好き。以前は、周りの目を気にして、皆と同じじゃなきゃとか、できないやつと思われたくないとか。人からどう思われるかを気にしていました。あと、弱みを見せたり人を頼ることが苦手で、迷惑だと思われるぐらいなら自分でやってしまうタイプでした。」
そんな当時の自分を、美織さんはあまり好きになれなかったそうです。そして、その価値観が変わるきっかけになったのも、犬の保護活動でした。
「保護活動を始めてから、それまで接点のなかったような人やいろんな価値観、いろんな犬との出会いもあって、個性や多様性を受け容れられるようになりました。」
他者や犬たちの違いを認めることは、自分自身を認めることにもつながったと言う美織さん。かつての見栄っ張りで人を頼れなかった性格の自分も含めて、多様性を許容することを学んだ今は、それ以前より心の安定を得られていると言います。
日々の充足感と幸せの発見
犬の幸せと健康を最優先に考える美織さんですが、ご自身の幸せや健康についてはどう感じているのでしょうか。
「実は、疲れ果てて2階の自室に上がる気力もなく、1階で犬たちの隣で気絶するように寝てることも多くて、人間らしい生活には程遠いです(笑)。」
そう言って笑いつつも、心の健康の大切さについてふたたび言及します。
「食事や睡眠は人間が生きる上で必須のものだけど、どんなに良いものを食べたとしても、どんなに良いベッドで寝たとしても、心が健康でないと幸せじゃないのではないでしょうか。」
活動を始めた当初は、『保護(ホゴ)と自己満足(エゴ)を間違えないようにしたい』と意識するあまり、自分の活動を全面的に肯定することが苦手だった時期もあった、と言う美織さん。
「正しいことをしたいと思って活動している、でもどこかで犬たちを助けることに酔ってはいないか?独り善がりになってはいないか?」
と自問自答を繰り返した日々でした。
「たくさんの人に支えていただき、少なくとも、犬たちに安心と笑顔を与えることができている、ということを素直に認められるようになって、昔の葛藤からは自由になれました。いまは日々幸せを感じています。」
自身の活動と保護犬の幸せについて、真正面から向き合い続けてきた美織さん。幸せは、保護活動をする自分を肯定し、いまできていることを受け容れた先に見つかりました。
次世代への種まき - "日本の犬は愛されているけど、理解されていない"
「世間的に動物を尊重する考え方がもっと浸透してほしい。」と願う美織さん。
「人間側の感情だけでなく、犬たちが犬らしく満たされた生活ができているか、それが大切だということを理解してほしいです。」
美織さんは、犬好きな人ほど、無自覚に動物愛護の考えが優先されがちだと指摘します。
例えば、会社や学校に行っている間、無人の家で何時間も一頭だけで留守番をさせることがわかっているのに、何の対策もなく小さな子犬を迎えてしまう。これも動物福祉ではなく、動物愛護の考えが優先された飼育環境の一例です。
"日本の犬は愛されているけど、理解されていない"
メロードッグレスキューのホームページに記載されている一文です。
「元を辿れば、動物を飼うという行為自体も人間のエゴ。本来であれば、自然と共生していける社会が理想です。野犬たちが野山で生きていく方が幸せなら、そのままにしておきたいとも思ってしまいます。でも、現代社会ではそれは難しいし、犬と人が共に暮らすことのすばらしさも理解しているから、まずは私が生きているこの100年世代は、『動物を大事にする』という風土を作りたい。次の世代につなげるために、いまはその種を撒く期間かな。」
人間と動物の対等な関係性を問い直し、両者が幸せに共生できる道を探る美織さんとメロードッグレスキューの挑戦は、これからも続きます。
writer:Yuka Y
11月16日(土)開催 『C'MON C'MON vol.3』は午前はVIVOBAREFOOT を履いてのパックウォーク。午後は新田あいさんとの座談会も予定しています。一緒に犬について語り合いましょう。ぜひお気軽にご来場ください。