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Vol.2 TORU OSUGI

Vol.2 TORU OSUGI

五感が冴えわたる
心身が自然と一体になる瞬間

 


スラックライン界のパイオニア・大杉徹。2009年にスラックラインと出合い、2011年国際大会での優勝を契機にプロとなった。アメリカで開催されたワールドカップで日本人初の王座に輝くなど数々の実績を残している。いつしかそのスタイルは競技の枠を超え、心技体の探求へと移り変わっていく。「スラックラインから人生に通じるものを学んだ」と語る大杉。心と身体をリラックスさせ、無になる瞬間。そのとき世界は開く。

 

テレビで初めてみたとき「これだ!」と

 

──スラックラインとの出合いを教えてください。

大杉:僕は学生時代ずっとサッカーに取り組んでいたんですけど、社会人になって何か新しい趣味を始めたいなと思っていたとき、たまたまテレビの深夜番組でスラックラインを見たんです。海外の公園で変わった遊びをしている若者を紹介するという内容で、ロープの上をぴょんぴょん跳ねる姿を見て「何これ?すごく楽しそう!」と興味を持ちました。

 番組では「ロープライディング」と呼んでいたので、後からその言葉を検索してみたのだけれど出てこない。一年ほど経った頃、YouTubeの映像を観て「スラックライン」と呼ばれていることを知りました。それで再びネットで検索して実物を注文し、地元・岡山の河川敷で友だちと始めたのが24歳のときです。当時は電気屋さんに勤めていました。

(写真提供:大杉徹)

──スラックラインのどこに惹かれたのでしょう?

大杉:まず、見たことがないスポーツだったこと。本当に楽しそうに紐の上を跳ねていて可能性を感じたというか、直感的にビビッときましたね。

 始めてみたら思ったより難しくて、紐を渡りきるのに1~2週間かかりました。この上でジャンプするなんてすごいなと、どんどんはまっていって。その頃は電気屋さんに勤めていたんですけど、休日はもちろん、出勤前に朝練をしたり、仕事中に店内の床に引いてあった白線の上をこっそり歩いたりしてイメージトレーニングをしていました。

──技はどうやって覚えたのですか。

大杉:当時YouTubeにあった10種類ほどの動画からヒントを得ました。ひとつの技ができたら、それを糸口に次を試してみるといった感じで、いろいろ考えながら技を増やしていきました。

──スラックラインの黎明期だったわけですね。

大杉:そうですね。いまとは全然違う環境でした。スラックラインは1960年代頃から存在していて、もともとは米国ヨセミテ国立公園に集まるクライマーたちが、雨でクライミングができないときにバランス感覚を鍛えるために始めた遊びといわれています。当初はゆるく張って揺らしながら遊んでいたみたいです。

 僕が始めた2009年頃は「トリックライン」というスタイルが始まった頃でした。強い力でスラックラインを引っ張って、その上でアクロバティックな技をする遊び方です。その後、どんどん技が増えて、世界大会も始まりました。

──いまはどんなスタイルが盛り上がっているのでしょう。

大杉:また昔のゆるいスタイルが盛り上がってきていますね。あとはゆるいスタイルと激しいトリックラインが融合したものとか、新しい楽しみ方が次々に生まれています。

 

自分自身と向き合える自由なツール

 

──大杉さんにとってスラックラインの魅力とはどんなところでしょう?

大杉:なんて言ったらいいんだろう、ひとことで伝えるのは難しいんですけど……。そうだな、ボールに似ているかな。「ボールの楽しさはなんですか?」と聞かれたとき、一言では説明できないですよね。キャッチボールもできるし、ボールを使ってジャグリングもできるし、ボーリングみたいに転がす人もいるかもしれない。そういう感じなんです。遊び方が決まっていないところが魅力だと思います。

映像 『BACK TO NATURE vol.2 The Story of Slack Life – feat. Toru Osugi - 大杉徹』より

 

──多様な楽しみ方があるわけですね。

大杉:僕は子どもの頃、パズルとかブロックが好きでした。説明書を見ながら遊ぶおもちゃではなくて、自分で考えながら組み合わせていく遊びが大好きで、その感覚に似ています。技も自分で考えながら組み合わせてつくるところに面白さを感じています。決まりがないのが楽しいんです。

──スラックラインにおける身体感覚の特徴にはどんなことが挙げられますか。

大杉:たとえば安定した場所でバランスポーズを取ろうとすると、なんとなくできてしまうと思うんですけど、スラックラインではバランスがすごくシビアです。間違った身体の使い方や姿勢をしていると、スラックラインが教えてくれるんですよ。ブルブル揺れ出したり、立っているのが辛くなったりしてくる。

 あと心の持ち方もラインの揺れに表れます。そういう意味では、自分と向き合える道具だと思いますね。心と身体はつながっているので、心の持ち方によって身体が固まってしまったりする。「怖い」と感じる と、身体は固まりますよね。それがそのままラインの状態に出てきます。

──自分と向き合えるツールなわけですね。

大杉:そうです。だから初めて乗るとき、いちばんベストなのは僕からは何も言わないこと。コツを聞きたがる人が多いんですけどね(笑)。でも最初にそれを教えてしまうと、頭で考えて乗るようになってしまう。子どもは素直なので、感覚で乗っていく。やはりそちらの方が大切かなと思います。

 慣れてきたら徐々にいろんな動きを試して、その中で身体の使い方を発見してもらうのが一番いいプロセスです。行き詰まったら、ちょっとアドバイスをする。見て真似をするのもいいですね。

 

いまに集中し、「無」になる瞬間

 

──怪我をきっかけにご自身のなかでも変化があったとか。

大杉:かつて練習のしすぎで身体が壊れてしまったことがありました。それから身体の使い方の大切さに気づき、勉強するようになったんです。勉強することでよい変化が生まれた部分も多々あるんですけど、反面、頭で考え過ぎてしまうようになって、今度は別の行き詰まりを感じるようになりました。そうしたプロセスを経て、いまは精神的な部分を研究しているところです。

──常にとことん突き詰めるからこそ、次にやるべきことが見えてくるのでしょうね。

大杉:そうですね。いろいろ試して、気づいて、じゃあ次はこれを試してみようかなと。最終的には何も考えないのがいいのかなと思うようになりました。僕自身も行ったり来たり迷走するんですよ。

──なるほど。

映像 『BACK TO NATURE vol.2 The Story of Slack Life – feat. Toru Osugi - 大杉徹』より

 

大杉:たとえば長いラインを歩いていて、すごく気持ちのいい時があります。どこにも力が入っていない感覚で乗れているときがある。ところが「いまめちゃくちゃ乗れているな、このまま歩き続けたいな」と考えた瞬間に、そのいい感覚が消えてしまう。ラインに乗っている感覚に集中せずに、頭で何かを考えた途端にぶれてしまう。そういう経験を重ねてきて、心の持ち方がすごく大事であることに気づきました。

 これはすべてのものごとに通じるんじゃないかと思うんですよ。他のスポーツでも真剣に取り組んでいる方たちは絶対そこまでたどり着いていると思う。

──そうした無のような感覚はよく得られるものなのですか?

大杉:最近は少しずつ増えてきました。こういうことを考えずにやっていた数年前までは、本当にたまに不意に現れるみたいな感覚でしたけど。この感覚がいつもあればいいなと思いつつ、考えていくと離れてしまう。悩みながらやってきました。

 以前、テレビ番組でハイライン(高所で行うスラックライン)の長距離新記録に挑戦する様子を密着してもらったことがあるんです。ロケ隊が来て時間制限があって、トライ回数が決まっているなかで、落ちずに渡りきることが目標。そのときのスラックラインはすごく難しくて。

 最終的には渡らないといけないというプレッシャーがどこかにあって、すごく苦しかったんですね。何度もトライして9 回目くらいに体力的にも極限に達して、「もう、いいや」と諦める気持ちも生まれて。ちっとも楽しくなかったんだけれど、せっかくだから渡れなくても楽しもうと気持ちを切り替えた途端、めちゃくちゃ気持ちよく渡れたんですよ。やっぱりこれなんだなって、そのとき思いました。

──普通なら焦ってそのまま終わりそうですけれど、そこを切り替えてよい流れを生み出せるというのが、一つのものごとを突き詰めてきた方ならではだと思います。

大杉:たしかにそうかもしれないです。僕も過去にいろんな経験があったから、切り替えられた気がします。

映像 『BACK TO NATURE vol.2 The Story of Slack Life – feat. Toru Osugi - 大杉徹』より


自然と一体になると、
知覚範囲が広がっていく

──そのとき、どうやって切り替えたのですか?

大杉:みんなの期待があるなか、周りの人たちのことを気にしないように努める。純粋に楽しもうと思っただけなんですよ。

 渡っている途中に一瞬、お天気雨が降ってきたんです。その瞬間、すごく自然を感じられて、さらにそこからよくなっていきました。自然と一体になれたときというのは、感覚の範囲が広がるんです。すごく遠くまで繋がれるというか、遠くの音までよく聞こえるようになります。

──音の聞こえ方が変わるというお話は新鮮です。

大杉:力んでいるときってどんどん閉じこもって、身体だけじゃなくて心も閉じて何も見えなくなります。リラックスしていくと世界が広がって、すごくバランスが取りやすくなる。目隠しで練習したりもするんですけど、真っ暗だと最初は狭い範囲でしか周囲を感じられないのに、リラックスしていくと本当にどんどん知覚できる範囲が広がっていきます。目では見えなくても感覚が広がってバランス取れるようになる。

──世界と繋がっていくプロセスですね。深いですね。


スラックラインと足裏感覚


──スラックラインは身体と物質との接点が少ない遊びです。日常ではなかなか得られない体験だと思うのですが、そのなかで足裏感覚はどういう意味を持つのでしょうか。

大杉:人間が立ったり歩いたりするときには足裏は重要で、そこから多くの情報が入ってきますよね。そのとき足の指が動かないとバランスが取れない。スラックラインをやるとき、僕は靴を履いているんですけど、靴のなかで小指からラインを掴むように乗せていきます。だから足指がギュッと靴で固定されていると掴めない。

 そういう意味ではVivobarefootは非常に優秀です。足指が動かせる裸足のよさとグリップが効くという靴のよさの両方がある。だからしっかり足を使って歩けます。

  スラックラインは幅が細いので、ずっと裸足で歩いていると足の裏が痛くなってくるんですね。その点、VIVOを履いていると足の皮膚の保護にもなりますし、細いスラックラインもちゃんと掴める。最近、僕がおすすめしているのは、日常は裸足で過ごし、スラックラインをするときにはVIVOを履くことです。たくさんの人たちに "スラックライフ"を伝えたい

──日本におけるスラックラインの第一人者として、これからどんなことを伝えていきたいですか。

大杉:僕がスラックラインに出合った頃からいままでの間に、遊び方や技はものすごく進化しました。もともとはクライマーがバランス感覚を鍛えるために始めた遊びなのに、いまではスラックラインの上でヨガをやったり、高齢者の方々のリハビリで活用したり、幼稚園で取り入れたりといった話も聞くようになりました。スラックラインを取り入れた幼稚園では、子どもたちの姿勢がよくなったそうです。

 僕は一時期、競技のスラックラインに取り組んでいたんですけど、次第にそれが苦しくなっていったんですね。楽しくて始めたのに、いつかの間にか勝つことが目的になってしまって。だからこそ、皆さんには楽しんでもらいたい。

 たとえば渡り切ることを目的にするのではなく、その過程を楽しむような。渡り切れなくても、気持ちよく乗れた瞬間があったらいいんじゃないかと思うんですよ。渡り切ることや技の達成を目標にしてしまうと、それをクリアした後に何も残らないから。

 こういう感覚もすべてスラックラインを通して学んだこと。僕はスラックラインから人生に通じるたくさんのものごとを学んできました。こういう生き方は「スラックライフ」と呼ばれているんです。これからも、いろんな人たちに「スラックライフ」を伝えていきたい。人生をよりよくするためのツールとして、楽しんでもらえたらと思っています。

映像 『BACK TO NATURE vol.2 The Story of Slack Life – feat. Toru Osugi - 大杉徹』より

PROFILE

大杉徹

Toru Osugi

1984 年岡山県生まれ。学生時代はサッカーに取り組み、社会人になってスラックラインに出合う。2011年&2012年日本オープンスラックライン世界選手権優勝、2013年日本人で初めてワールドカップ優勝。2016 年フリーソロ日本記録(30m)、2021年ハイライン日本記録更新(218m)、ブラインドハイライン日本記録。スラックラインリサーチオーナー、スラックティビティジャパンディレクター。

大杉氏執筆記事:『足裏感覚を大切にするあなたへ。Vivobarefoot(ビボベアフット)が提供する、靴とバランスの新しい体験

文:Yumiko Chiba / 写真・動画:Shimpei Koseki




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