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Vol.1 DAISUKE ICHIMIYA

Vol.1 DAISUKE ICHIMIYA

登るだけじゃない

自然そのものが僕を強くしてくれる

 

BACK TO NATURE vol.1 ボルダーハンティングトリップ – feat. Daisuke Ichimiya – 一宮大介

 

2021年夏、トップクライマー・一宮大介は仲間と新しい旅に出た。自然へと回帰していくこれまでにない冒険の旅だ。山に分け入り、川を遡上し、魅力的な岩を探して歩く。夜は岩陰で眠り、日が昇ると食事を用意し、ときには釣りをして次の岩を目指す。初めての場所、出合えるか分からない岩、予想外の強風、不確定要素ばかりの旅を通して、彼は何を感じ取ったのだろう。新しい旅のこと、そしてクライマーとしての現在地についてインタビューした。

 

将来やりたいことができるように
コンペと外岩に力点

 

一宮にはいま自分だけの部屋がない。日常からして旅人のような一宮は兵庫のクライミングジムに寝泊まりしながら、全国のジムでルートセットの仕事を行い、いくつかのブランドからサポートを受けながらプロクライマーとして活動している。ここ数年は毎年海外へ遠征し、現地のクライマーと数ヶ月間生活を共にしながら岩と向き合ってきた。

 

ーーまずは外岩との出合いから聞かせてください。大分県立竹田高校の山岳部でクライミングと出合った後、外岩へと移行していったそうですが、何かきっかけがあったのですか?

一宮:大学進学のために大阪に行ったとき、周りの人たちから「外岩で腕を磨くとクライミングも上手くなるよ」とアドバイスされたんです。最初に行ったのは岐阜県美濃のフクベ(瓢ヶ岳)で、岩場シーズンでない8月頃に行ってしまって。すごく暑かったけれど、とにかく楽しくて。同じ場所に秋冬に登りに行ったら、手汗が出ないから「こんなに岩を持てるんだ」と驚いて、そこからのめり込みました。

ーーそれからはほぼ外岩が中心ですか?

一宮:そうですね。でも最初の2〜3年はコンペにも出場していました。最終的には岩の方に行くだろうなと思いつつも、自分がやりたいことをやりやすくするためにコンペに勝とうと思ったんです。

ダニエル・ウッズというアメリカ人のクライマーのYouTubeがすごく格好よくて、刺激を受けたんですね。彼はコンペで成績を残しながら岩をやっているので、自分のクライミング人生を考えたとき、コンペで勝って名前を知ってもらった上で岩を続けた方が、いろんなことが実現しやすくなるのではと思いました。

ーーその時点での未来像はどんな感じだったのでしょう。

一宮:外岩だけやっていくためにはどうしたらいいのだろうと考えていました。高校の山岳部では国体にも出場しましたけれど、当時はプロクライマーになるつもりはなくて、将来は趣味で続けていこうと考えていました。ところが、大学進学と同時にクライミングに本格的に取り組むようになったことで、ジムスタッフをしたりルートセットの仕事をしたりしながらクライミングを続けている人たちに出会いました。それで自分もそういうところから始めていこうかなと考えて、一ヶ月で大学を辞めてしまったんです。自分がやりたいことにフォーカスした方がいいかなと思って。

ーー潔いですね。そこからプロクライマーに至るまでの道のりは?

一宮:大阪の「Galera」というジムで3年ほど働いて、その後に宝塚の「スハラ」というジムに2〜3年勤めました。ジムスタッフをしながら、フリーでルートセットの仕事を続け、7年ほど前にジムを辞めて完全にフリーランスになりました。

 

衝撃的だった

ベアフットクライマーの登り

 

ーーこれまでで大きな転機のようなものはありましたか。

一宮:7年前から、年一回程度のペースで海外遠征に行くようになり、毎回何かしら新しい気づきを得られるようになりました。2021年春には3ヶ月間スイスに滞在して、シャレル・アルベルトというベアフットクライマーと寝食をともにしながら、一緒に登りました。衝撃的でしたね。裸足でこんなに強い奴がいるんだって。

一宮大介
スイスにて。シャレル・アルベルトたちとのセッション(写真:一宮大介)

 

裸足でV15とかV16とか登っていくんですよ。グレードには個体差があって、比較的登りやすいグレードのことを僕らは “お買い得二段” とか “お買い得三段” と言ったりするんです。だからシャルレがV15を登ったというニュースを耳にしたときも、「お買い得V15かな」と思っていました。

ところが実際に目の前で彼が登るところを見たら、小さい粒とかもしっかり踏んで登っていく。それがすごくて、こんなのも登れるのかって。靴を履いている人と同じくらいに登れているし、ある意味では靴を履いている人よりも強い。本当にいい経験でした。

 

岩と対峙することで

自分が成長できる

 

ーー海外遠征での生活は、やはり日本の日常とは異なりますか。

一宮:日本だと岩場に行くまでもお金がかかるし、岩場に行ったら働けない。でも海外だとずっと岩と向き合える。遠征中は生活しているか岩に登っているかのどちらかなので、それがすごくいいですね。本当に好きなことだけに専念できる環境は、いまの僕にとっては非日常です。本当は日本でもそういう環境を整えたいんですけれど。

ーー岩に登ることによって、いろいろな面で自分自身が成長していく感覚はありますか?

一宮:あります。外岩をメインにするようになって、ちょっと考え方が変わったんです。それまでインドアメインで登っていたときは「インドアでトレーニングして自分を強くして、外岩に行って高グレードが登れるようになる」という感覚でした。

でも海外に長期間滞在して、長い時間岩と向き合うと、外岩こそが自分を強くしてくれていることを感じます。外岩って「対自然」じゃないですか。自分がちょっと間違えたら死ぬ可能性も出てくる。「ここの岩は簡単だけれど、絶対に落ちることはできないな」という場面がたくさんある。岩に登るだけじゃなくて、自然に入ることそのものが自分を成長させてくれている気がします。

映像 『BACK TO NATURE vol.1 ボルダーハンティングトリップ – feat. Daisuke Ichimiya 一宮大介』より

 

ーープロクライマーとして今後の目標はありますか。

一宮:まずは、好きな岩に登ることに集中できる環境をつくりたい。それが一つの目標です。ただクライマーとして、自分自身がこれからどうなるかはあまり想像ができないんです。どれくらいのグレードまで登れるようになるかとか、どんなすごい岩に登るんだろうといったことはあまり想像できない。多分、まだ見たことがないすごい岩はたくさんあると思うので、その岩の存在を知ったときに「これを登りたい」と感じて、トレーニングを積んでいくのだろうと思います。

ーー岩との出合いから始まっていくということですね。

一宮:そうですね。そこから何をするべきか考えていく気がします。

ーーいま登ってみたい岩はありますか。

一宮:2021年夏の冒険で3本くらい見つけました。世界のプロクライマーが来日しても、すごいと思うような岩を見つけたので、これはちょっと登りたい(笑)。宝を見つけた海賊みたいな気持ちです。

映像 『BACK TO NATURE vol.1 ボルダーハンティングトリップ – feat. Daisuke Ichimiya 一宮大介』より

 

ーー魅力的な岩を見つけたとき、通常クライマー同士は教え合わないものですか?

一宮:言わない人が多いですね。でも僕は「知りたい」「行ってみたい」という人がいたら教えます。初登を取られるから場所を教えないとか、そういうのはちょっと僕的には嫌なんです。フェアでありたい。そのあたりはスポーツの感覚になるんですけど。クライマー同士、登りたいと思う人がいるのなら情報は共有してもいいかなと僕は思っています。これ以外にも、登りたい岩はあるんですよ。

ーーどこですか?

一宮:宮崎県高千穂の比叡山にある「アマテラス」という課題です。岩もすごく格好いいし、名前も格好いいじゃないですか。3回行ってまだ登れていないので、この岩が直近の目標です。(インタビュー後の2022年2月に完登)

 

いつでも力が発揮できること

それが本当の強さ

 

ーー「こうなりたい」というような憧れのクライマー像はありますか。

一宮:どこに行っても自分のパフォーマンスを出せる人になりたいです。そういう人が本当に強い気がしますね。たとえば、岩のコンディションが良くなかったり雨で濡れていたりする時にも登れる人とか。

クライミングって、メンタルが大きく影響するんです。たとえば、下にマットがある場所なら怪我のリスクは減るけれど、下が崖なら絶対に落ちることはできないですよね。そういう場面で、本来なら登れるはずの岩なのに登れないとき、何が要因しているかといえばメンタルです。そういう場面でも自分のパフォーマンスを最大限に発揮できるクライマーが強いと思っています。

ーーメンタルはどうやって磨けると思いますか。

一宮:慣れもあると思うんですけれど……どうやって磨くんでしょうね。心が揺れないようにといつも意識して臨んでいないと絶対にできないので、そういうことを考え続けていることが大事なのかな。常にどこかで考えていることが。

以前、南アフリカに行ったとき「Finish Line」という課題に登ったんです。8mくらいの高さがあって、下もマットが敷けるような状態じゃなくて、落ちたら大怪我する課題で。もちろん怖かったんですけれど、登ったら想像よりも怖くなかった。その時のことを振り返ると、タイミングも関係するのかなと思います。メンタルはどこまで突き詰めても終わりがないですね、きっと。

南アフリカ「finish LIne」でのクライミング(写真:一宮大介)

 

 

ーー10代で登り始めた頃からメンタルは比較的強い方でしたか?

一宮:どうだろう? 自分でははっきり分からないですけれど、当時からトレーニングで自分に厳くはできていた気がします。そういうメンタルはあったかもしれないですね。「対自然」になるとまた変わってきますけれど。

ーーアプローチでも登っているときでも、死がすぐ近くにある恐怖というのは感じているのでしょうか。

一宮:感じてますね。昨年、小豆島に行ったんですけれど、岩に辿り着くまでのアプローチがずっと崖だったんです。落ちたら死ぬなという場所で、全然底が見えない。クライマーじゃなかったら歩くのも嫌だろうなというような場所で、そういうところを通過するときには「もしいま滑ったら」と考えてしまう。すーっと心の底が冷え切るような感覚があります。

そういう場面でも注意力を保って、常に平常心で歩けるようになることが大事で。クライミングでも常に「これは無理かもしれない」と想定しながら、平常心を維持するみたいな、そういう感覚で登るようにはしています。

ーーこれは行けるかどうかという見極めは難しいですね。

一宮:とても難しいです。僕はあまり攻めすぎないタイプだと思います。それで今まで大きな怪我がなかったのかなと。ハイボルダー(5m以上の大岩)をやっているクライマーは怪我をしている人が結構多いんですよ。

ーー岩と向き合っている時間と日常とで、ご自身の中でスイッチは切り替えていますか。

一宮:僕はほとんど切り替えていないです。よくクライマーのInstagramで、狙っていた岩を登り切ったら緑のチェックマークをつけるんですね。岩を登り切ったときも、その印がふっと頭の中に浮かんでくる感じですかね。もっと大げさに喜ぶクライマーなんかもいますけれど。そう考えると、岩も日常も僕はあまり変わらない方かな。

一つ登り切ると、自分のコレクションが増えたみたいな感覚です。そういえば昔から収集癖があって、よくわからないものを集めていました。小学校のときに牛乳瓶の蓋を集めたり(笑)。そういう収集癖がいい感じにクライミングのモチベーションにも繋がっているのかもしれません。

 

完全にキャパオーバー

強風に苦しめられた夜

 

ーー映像の中に登場する旅ではどんな楽しみがありましたか。

一宮:どんな岩と出合えるのか、それを探すのが一番の楽しみでした。もう一つは冒険的要素かな。行ったことがない場所にやったことがないスタイルで行くという面白さがありました。

岩ももちろんよかったけれど、それ以上にとにかく野営が強烈で。ある晩なんて、本当に寒かったんです。シュラフにくるまれば大丈夫かと思って寝ていたんですけど、風で身体がどんどん冷えていく。寒くて全然寝ていられない。もっと風が当たらない場所はないかと探してみたけれどなくて、早く朝が来ないかなと祈りながら寝ていました。そういう経験はなかなかないです。僕が山を舐めていたんですよね。

同じくらいの標高の山や藪漕ぎの経験はこれまでもあったので、自分のキャパの範疇だと思っていたんだけれど、あれほど辛い野営は完全にキャパオーバーでした。まさに自然が自分を強くしてくれている、という経験でしたね。あらためて、岩も自然の一部なんだなと実感しました。

映像 『BACK TO NATURE vol.1 ボルダーハンティングトリップ – feat. Daisuke Ichimiya 一宮大介』より

 

 

ーーこれまでそういった経験はなかったわけですね。

一宮:ボルダリングの場合、基本的にはアクセスもよくて安全に登れる環境がいまの日本には整っているんです。だからこうした不確定要素の多い冒険的な旅は初めてでした。ルートも岩も寝る場所も、すべて仲間と一緒に探していくという。

でも本当に面白かったので、地図アプリで岩を探しながら歩く旅はまたチャレンジしたいと思っています。現地に辿り着いても、まったく登れない岩である可能性もあるんだけれど、そういうプロセスも含めて楽しみたいです。

 

裸足でのクライミングが

潜在能力を引き出す

 

一宮:僕はよく思うんです。クライミングって誰にも迷惑かけない遊びだなって。何の生産性もないけれど、誰にも迷惑をかけず自然の中で自由を楽しめる。自然が自分を強くしてくれているなと実感する理由は、自分の能力についてまだ未知な部分が多いからです。

通常、僕は目標を定めてそこに向けて頑張ることが多いんですけれど、自然の中での経験はそれとは少し違って、潜在的な可能性を伸ばしてあげる感覚というのかな。裸足でクライミングをしようと思ったのもそれが理由です。裸足で登ることで、人間本来の足の機能に回帰していく感覚があります。靴で登る目標が目の前にあって、そこまで頑張るのも一つの手段なんだけれど、さらに裸足で登ることでもう一つ先に行けるかなと思って。

裸足になることで足が進化するなら、多分ほかの経験も同じだと思うんです。僕が目指したいのは精密機械みたいに数値化された強さじゃない。「1センチの厚さの岩に50kgの荷物を背負って20回懸垂できたらこれだけの岩に登れるよ」というようなものには興味がなくて。ひとりでに心身が強くなっていくみたいな感覚に憧れます。

自然の中で楽しんでいたら強くなっていた、みたいな感じかな。遠回りのように見えるけれど、実はそれが近道なんじゃないか。そういう場面をつくっていきたいですね。

たとえば外岩で足許が悪かったりすると石をちょっと動かして足場をよくしたりするんです。動かしてはダメな場所もあるんですけれど、大丈夫な場所ではそういう行程も筋トレみたいに感じて、すごく好きですね。岩までアプローチして、足場も整えて、登り切る。そういうプロセスすべてを大切にすることで、課題一本を登り切る重みが全然違うんじゃないかと思っています。

Special Thanks to スハラクライミングジム

 

 

PROFILE

一宮大介 Daisuke Ichimiya

1993年大分県生まれ。小学校でサッカー、中学で野球に没頭し、県立竹田高校進学後に山岳部でクライミングと出合う。高校2年次と3年次に国体に出場し、その後しばらく外岩とコンペの双方に軸足を置く。近年は外岩にフォーカスし、国内外で難易度の高い岩にチャレンジ。2017年宮崎県・比叡山の「ホライゾン」(v15)を完登(第3登)。同年9月米国コロラド州「Creature from the Black Lagoon」を登頂し(第4登)、V16課題を初めて完登したアジア人としてピオレドールアジアにノミネートされる。2020年よりVivobarefoot Japanアンバサダー。




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スラックライン界のパイオニア・大杉徹。2009年にスラックラインと出合い、2011年国際大会での優勝を契機にプロとなった。アメリカで開催されたワールドカップで日本人初の王座に輝くなど数々の実績を残している。いつしかそのスタイルは競技の枠を超え、心技体の探求へと移り変わっていく。「スラックラインから人生に通じるものを学んだ」と語る大杉。心と身体をリラックスさせ、無になる瞬間。そのとき世界は開く。

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